2018年 2月 の投稿一覧

まず酔え!目標達成のあの快感に

【まず酔え!目標達成のあの快感に】
皆さん、こんにちは。2月も中盤に入りました。
寒さは厳しく、北陸では過去に記憶がないほどの大雪、首都圏でも真冬日を更新しています。お見舞い申し上げます。

さて、話はガラッと変わりますが、今日からピョンチャン冬季五輪が開幕。
施設が間に合わないやら、現地はとても寒いやら、いろいろと心配されて、イマイチ盛り上がりに欠けていましたが、
本番が近づくにつれて話題になってきました。
注目の日本選手もたくさん出場しているので、今回も見どころ満載です。
また、時差がないのが良いですね。リアルタイムで応援できます。
独断と偏見で注目選手をあえて3人挙げるとすると、
自分の中では、ジャンプの高梨選手、
スピードスケートの高木選手、
ジャンプのレジェンドが代名詞、葛西選手。
高梨選手は前回のソチでは、強さを誇りながらも、4位と苦杯を飲みました。あの時が15歳、今回は19歳。
良い時も悪い時も経験し、今はようやく復活の兆し。でもノルウェーの若い選手が出てきて、今シーズンは絶好調。ワールドカップでは、高梨のお株を奪う活躍。
でも、オリンピックは普通の試合とは違うので、必ず経験が生きてくる。4年前の雪辱を果たして欲しいです。
スピードスケートの高木選手も、注目してますね。中長距離では若い頃から一目置かれて、前々回のバンクーバーでは、代表に選出されましたが、結果を残せず。前回のソチでは、代表落選を経験。19歳のとき。才能もあり順風満帆だったスピードスケート人生が、ひっくり返された時期でした。そこから、今までを振り返り、何が強みで何が足りないか自分と向き合って、今回見事に復活。パシュートという3人隊列を組んで走る団体競技では、先頭を任されチームの大黒柱。お姉さんとのチームワークもバッチリ。後半になってもフォームが安定していて、タイムが落ちない。なんとワールドレコードまで叩き出した実力があります。今回は、悔しさをバネに、必ずやってくれるはずです。
そして、我等がレジェンド、葛西選手。オリンピック8回目の出場。実に30年近くに渡って連続出場。信じられないパフォーマンスを発揮し続けています。
ですが、若い頃からスター選手というわけではありませんでした。団体などはスターの影に隠れた、クールでシブい選手でした。インタビューでも決して言葉多い方ではなく、寡黙なほう。今では講演会もこなす、親しみやすい感じのおじさん。今でも進化し続けているのです。同世代だから尚更注目してますね。
プライベートでは、母を亡くし、障害のあった妹さんを亡くし、ご苦労をされてきました。
でも、その後ご結婚され、家族を持ち、益々ご活躍を期待される選手。ソチは個人で銀、ピョンチャンでは一番上に日の丸を掲げてくれることでしょう。

どうでしょう?日本選手が大活躍という情景が目に浮かんできませんか。

選手の方々は、フィジカルの強さは当然ですが、メンタルも鍛え上げて強いですよね。
経験もさることながら、どうしてあんなに強いのでしょう?

一流選手はあらゆる場面を想定して試合に臨むと言われます。イメージングです。それも臨場感たっぷりに。勝った瞬間をイメージすると、涙が自然に流れてくるということもあるそうです。何度もイメージングして、感情までリアルに味わっていくと、潜在意識にインプットされ、実際に実現する。
自分では味わったことがないので説得力がありませんが、想像しただけでも凄さがわかります。
オリンピックで何度も金メダルを獲得するような選手には、共通のあることがあるそうです。

それは、イメージングを駆使して、

金メダルを取ると、まずはっきり決めます。

ゴールをしっかりと決めてしまうのです。誰が何と言おうがです。

決めたらどうすれば実現するか、ひたすら考え続ける。それが決まったら実行する。
やもすると、普通は出来ない理由ばかりが頭をもたげるが、相手をしてはいけない。

まずは、目標達成の瞬間をイメージして、その時の感情に酔いしれてみる。その時点で出来る出来ないは関係ない。

それこそ、目標達成の常套手段だ。

日本選手活躍をイメージしながら。

 

人生にリハーサルなんてない

【人生にリハーサルなんてない】

フェイスブックで仲間がシェアしていた記事からの言葉です。

末期がんが見つかり、余命いくばくもない医師の残した言葉から。

多くの患者の命を救ってきた医師が、逆の立場になって、命の尊さと儚さを知る。

医師はまだ31歳だった。結婚をして子供が一人。奥さんのお腹に2番目の子が宿る。

残された家族のことを思うと気がおかしくなってしまう。それでも覚悟を決め、出来うる限りのことをする。彼には明日は残されていなかった。

こんな遺書を残していた、、、

『ありがとう、みなさん』

彼の2人の子供に、

「心の優しい、思いやりのある子に育ってほしい」と書き、

「私は今、熱がある。咳きこんで苦しい。私はあと、いくらもお前たちのそばにいてあげることができない。だから、お前たちが倒れても手を貸してあげることができない。お前たちは、倒れても、倒れても、自分の力で立ち上がるんだ。お前たちが、いつまでも、いつまでも、幸せでありますように。雪の降る夜に父より」

そしてまた彼は、こんな遺書も残していた。

「ようやくパパと言えるようになった娘と、まだお腹にいるふたりめの子供を思うとき、胸が砕けそうになります。這ってでももう一度と思うのです。しかし、私の力では、どうすることもできない。肺への転移を知った時に覚悟はしていたものの、私の背中は一瞬凍りつきました。その転移巣はひとつやふたつだけではないのです。

レントゲン室を出る時、私は決心していました。

 

歩けるところまで歩いていこう。

 

その日の夕暮れ、アパートの駐車場に車を置きながら、私は不思議な光景を見ていました。

世の中がとても明るいのです。

スーパーへ来る買い物客が輝いて見える。

走り回る子供たちが輝いて見える。

犬が、垂れはじめた稲穂が、雑草が、電信柱が、輝いて見えるのです。

アパートへ戻って見た妻もまた、手をあわせたいほど尊く見えました。」

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

「郷里に戻ると父が、毎朝近くの神社へ私のために、参拝してくれていることを知りました。

友人の一人は、山深いところにある泉の水を汲み、長い道程を担いできてくれました。

『これは霊泉の水で、どんな病気にでも効くと言われている。俺はお前に何もしてやれなくて悲しいので、お前は笑うかもしれないが、これを担いできた。』

彼はそう言って、一斗(18リットル)以上もありそうな量の水を置いてゆきました。

また、私が咳きこみ、苦しそうにしていると、何も分らぬ娘までが、私の背中をさすりに来てくれるのです。

みんなが私の荷物を担ぎあげてくれる。

ありがたいことだと、感謝せずにはいられません。皆さん、どうもありがとう。

這ってでももう一度戻って、残してきた仕事をしたいという気持ちは強いのですが、咳きこむたびに咽喉をふるわせて出てくる血液を見ていると、もはやこれまでかとの心境になります。どうも、ありがとう。」

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

日一日と悪化する病気に、もう猶予はない。ここまでくれば、いつ机に向かう事が出来なくなるかもしれない。

とにかく『あとがき』を書くことにした。

 

「頼みがあります。もし私が死にましたら、残るふたりの子供たちを、どうかよろしくお願いします。私が命の限界を知ったとき、私にはまだひとりしか子供はありませんでした。そのとき、私はなんとしても、もうひとり子供が欲しいと思ったのです。それは希望というよりは、むしろ祈りのようなものでした。(中略)祈りは通じ、ふたりめの子供が妻の胎内に宿ったのです。妻はこれはあなたの執念の子ね、と言って笑いましたが、私は妻と子を、母ひとり子ひとりにしたくなかったのです。

3人が力を合わせれば、たとえ私がいなくても生き抜いていける。妻が艱難に出逢うことがあっても、子供たちふたりが心を合わせれば、細い体の妻をきっと助けてくれる。そう信じています。」

そして彼の死後、「誰よりも悲しむであろう、父母を慰めてやって下さい。」と頼み、

「ありがとう、みなさん、世の中で死ぬ前にこれだけ言いたいことを言い、それを聞いてもらえる人は滅多にいません。その点私は幸せです。ありがとう、みなさん。人の心はいいものですね。思いやりと思いやり。それらが重なりあう波間に、私は幸福に漂い、眠りにつこうとしています。幸せです。ありがとう、みなさん、ほんとに、ありがとう。」

彼は最後の最後まで『ありがとう』をいい続けた。

 

 

私の仲間が心を動かされてシェアした記事。

それで自分も心が震わせられた。

もしも同じ境遇になったとして、ここまで考えられないだろう。

なんとなく明日はあると思って生きるのと、

明日はこないかもしれないと生きるのとでは、時間の深度が完全にちがう。

 

この記事は最後にこのように締められていた、、、

 

「生きるということは、一度しかない。

リハーサルなんか、ありはしない。

たった一度だけである。

どうか『生きること』を大事にしてほしい。

 

 

立春の日に。

 

 

写真は先日の、スーパーブルーブラットムーン