生きる

最善な選択をするのではなく、選択を最善にしよう!

 

「最善な選択をするのではなく、選択を最善にしよう!」

 

こんにちは!お久しぶりです。

なかなか更新できずにおりましたが、伝えたいことが出できました。

どうぞ、お付き合いくださいね。

 

 

 

今日は4月19日、

全国的に新型コロナウイルス感染拡大を阻止するための、

緊急事態宣言が出されて初めての週末です。

自粛要請に協力するかたちで、パン屋の仕事も休業でお休み。

家で過ごすわけですが、

どうしても不安怖れにアクセスしてしまいがちです。

そうすると、ありもしない妄想に苛まれて気分が落ち込みます。

どうしよう?とか思い始めると、

せっかくの時間を無駄にしてしまうことになります。

こんな経験ありませんか?

ふだんなら日々の生活に追われ、

余計なことを考えずに済むのですが、

今はちょっと特別ですね。

 

 

そこで、こんなループから抜け出す方法を考えました。

 

  1. やるコトを明確にする
  2. スケジュールを立てる
  3. ルーティーンを決めておく
  4. 予定通りにいかなくても一喜一憂しない
  5. 振り返りの日誌を書く

 

 

 説明します。

 

 1.やるコトを明確にする

   要は、今日やることのリストを前日夜に書き出しておくことです。

   これだけで、翌朝起きる時間も決まってきますし、

   スタートダッシュが切れます。

 

 2.スケジュールを立てる

   1と同じことですが、時間をゆるく管理するだけでも、

   メリハリがついて違ってきます。

 

 3.ルーティーンを決めておく

   ルーティーンを決めておくだけで、1日の流れが良くなります。

 

 4.予定通りにいかなくても一喜一憂しない

   出来ないことがあっても、チャレンジしていればOKと、

   ゆるく設定します。

 5.振り返りの日誌を書く

   だまされたと思ってやってください。

   たとえ3日坊主でも、再開すればヨシ!

   一日、一行でもやらないよりも各段に良いです。

 

 

いかがですか?

振り返って改善をくりかえせば、良いのです。

そう、トライ&エラー!

 

 

そして、ここまで読んでいただいた方だけにお伝えしたい

重要な考え方をお話します。

 

 

そもそも、私を含め、決めたことが出来ない人は、

本心でやりたいと思ってないことが多いです。

 

なぜなら、「やりたいコト」ならこんなループにはハマらず、

言われなくても、もくもくと取り組んでいるでしょう。

「やりたいコト」が明確になってないから、ズルズルいってるわけです。

 

 

そして、ここが重要ですが、

「やりたいコト」は初めは、「やりたいコト」でなくてイイ。

 

何が言いたいかというと、

「ヤリたいこと」をさがして選択を迷っているぐらいなら、

今、関心があることをまずは始めてみる。

判断はそのあとからやればイイ。

 

そして、仮決めの「ヤリたいこと」を積極的にやってみる。

そうすれば、それが「ヤリたいこと」になっていく可能性もある。

 

選択を迷っている時間がムダですね。

人生は迷っているほど長くない。

 

「最善な選択をするのではなく、選択したことを最善にしよう!」

 

最近ある人から言われて、自分もとても共感したのでシェアします。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

カッコイイ大人

【カッコイイ大人】

なんか最近、節目というか、区切りというか、そんなことを感じているのは、自分だけでしょうか?

やっぱり平成が幕を閉じるということと、関係ないわけじゃなくて…

昨日は地元を走る京葉線が開業30周年でした。

大風が吹くとすぐに止まってしまう欠点はありますが、幕張メッセや東京ディズニーランドをつないで東京まで伸びる、千葉県民には欠かせない足です。

平成を駆け抜けてきたと言っても過言ではありせん。

 

 

 

また今日は、地元のイオン茂原店、最後の営業でした。

1978年の開業以来、走り続けて40年。

今日をもってのフィナーレを迎えました。

施設老朽化に耐え切れずの閉店で、2年後に新店舗建設という計画ですが、

いま、地元にとって、あの場所で再スタートしても、ふたたび再興出来るのか、少し疑問が残ります。

ですが、たくさんの思い出がある、旧茂原ジャスコ。

心からありがとうございます、と言いたいです。

 

 

これらの遺産は、たいそうな言い方をすれば、昭和から平成にかけて、頑張ってこられた諸先輩方の努力の結晶で、

私たちは、その恩恵に預かっていたんだとしみじみ思います。

そして、次は頼むよ!と言われているようでなりません。

出来うる限り、そんな先輩方のような、

カッコイイ大人になっていられるように、

今は無我夢中で突き進んでいきます。

 

今出来ること

【今出来ること】

台風24号が昨夜、猛威を振るい通過していきました。

一夜明けて、パン屋の仕事で5時6分の千葉行き始発に乗るため、

地元の駅に行ってみると、

電車は台風による倒木の影響で、動かず。

いろいろ運転再開の連絡がアナウンスされるが、待てど暮らせど来ず、

ようやく来たのが、3時間後の8時。

これで一安心と思いきや、途中の駅で、再びストップ。

1時間以上車内で、待ちぼうけ。

こんな時、どうするか。

今日は、10月1日。

今年も残すところ3カ月(92日)。

無駄な時間は極力過ごしたくない。

今出来ることをやる!

でも、歩き続けよう。

 

〜でも、歩き続けよう。〜

 

あの日、夜空を見上げながら、

満天の星空と、神々しく光る月を、

車の屋根から見た。

あれから7年の歳月が過ぎ、記憶もしだいに薄くなっている。

東日本大震災の地震と津波、伴う福島の原発事故、経験のない未曾有の災害で、尊い命が奪われた。

そして今、被災地の景色は一変し、安心安全な街に変わりつつある。

一方で悲しみと向き合えず、胸のうちを隠さざる負えなく過ごしてきて、心を病んでしまう方がいらっしゃる。

震災からの復興のはずが、心を置き去りに急スピードで進んでいく。

日本人、3.11の頃だけ、思い出し、すぐに忘れてしまう。

あの時、絆とか、つながりとか、盛んに使われたことば。

時の経過と共に、少なくなっていく。

 

 

もう、振り返ってばかりいられない、
未来に向かって前に進まなきゃいけない。。。

 

 

でも本当はそのあたり、みんな想っている。

単純に前に進め、進め、で動けたらどんなに楽か。

だが、人の心はそんなに単純ではなく…

新聞や、報道を見て思った。

 

まだまだ、前に進めずに苦しんでいる方がたくさんいる。

 

前に進めだけでは、進めなくなる。

振り返って、心の洗濯も時に必要。

でも、ちょとだけ勇気がいる。

実は人と話すことが何よりも嬉しいし、癒される。

 

人は、人でしか、癒せないのだ。

 

寄り添って共にある、ということを感じてもらって、

歩きはじめることができるのだろう。

 

 

*写真は、昨年夏、ようやく仮設住宅から前進し、高台に復興住宅を再建出来た親類の住む、新たな街並み。

 

自分に今、何か足りないとしたら“思いの絶対量”が足りない

【自分に今、何か足りないとしたら“思いの絶対量”が足りない】

平昌冬季オリンピックが終わって、パラリンピックが始まりました。
感動の日々がまた始まると思うと、ワクワクが止まりませません。

オリンピックに話しを戻すと、今回の冬季オリンピックは、シビレまくりました。

選手の皆さん、メダル有る無しに関わらず、輝きを放ってましたね。

なぜ、あんなに心を揺り動かされ、感情移入をしてしまうのでしょう?

日本選手が頑張っているから…

4年に一度だから…

挫折を味わって、ここまで来たから…

 

いろいろあると思いますが、

選手の皆さんの気持ちが純粋で、
勝ちたいと思いがほとばしり、
真剣勝負に賭ける姿が、
感動を呼ぶのでしょう。

もしも、自分が同じ状況だったらと想像すると、
心臓が飛び出してしまいそうなほどのドキドキ感だと思います。

 

中でも、やはり、羽生結弦選手は別格でしたね。

あれだけの大怪我をわずか3カ月前に負い、リンクに立つのもままならない状況。

肉体的にも、精神的にも、厳しい中、
オリンピックディフェンディングチャンピオンとしての気概を微塵も失わず、怪我の回復に努めた。

また、若手の台頭にも、敵は己れとばかり、精進し続けました。

想像を絶する精神力だと心から敬服します。

そして、ご存知の通り、
66年ぶりの2連覇を成し遂げて、
世界中を感動の渦に巻き込んで、
てっぺんに登り詰めました。

こんなドラマ、誰も書けませんね。

改めて、凄いことを成し遂げ、世界のユズルに!

彼の生き方から、学ぶことがたくさんある。

自分と比べるのも、烏滸がましいが、
決定的な違いがある。

それは、目標に向かう気持ち。

羽生選手にあって、自分に足りないものは、

“ 思い ” の絶対量

目標を達成するために必要なのは、

“ 思い ”

 

何にも優る、必要不可欠な要素。

 

心から感謝を贈ります。

 

人生にリハーサルなんてない

【人生にリハーサルなんてない】

フェイスブックで仲間がシェアしていた記事からの言葉です。

末期がんが見つかり、余命いくばくもない医師の残した言葉から。

多くの患者の命を救ってきた医師が、逆の立場になって、命の尊さと儚さを知る。

医師はまだ31歳だった。結婚をして子供が一人。奥さんのお腹に2番目の子が宿る。

残された家族のことを思うと気がおかしくなってしまう。それでも覚悟を決め、出来うる限りのことをする。彼には明日は残されていなかった。

こんな遺書を残していた、、、

『ありがとう、みなさん』

彼の2人の子供に、

「心の優しい、思いやりのある子に育ってほしい」と書き、

「私は今、熱がある。咳きこんで苦しい。私はあと、いくらもお前たちのそばにいてあげることができない。だから、お前たちが倒れても手を貸してあげることができない。お前たちは、倒れても、倒れても、自分の力で立ち上がるんだ。お前たちが、いつまでも、いつまでも、幸せでありますように。雪の降る夜に父より」

そしてまた彼は、こんな遺書も残していた。

「ようやくパパと言えるようになった娘と、まだお腹にいるふたりめの子供を思うとき、胸が砕けそうになります。這ってでももう一度と思うのです。しかし、私の力では、どうすることもできない。肺への転移を知った時に覚悟はしていたものの、私の背中は一瞬凍りつきました。その転移巣はひとつやふたつだけではないのです。

レントゲン室を出る時、私は決心していました。

 

歩けるところまで歩いていこう。

 

その日の夕暮れ、アパートの駐車場に車を置きながら、私は不思議な光景を見ていました。

世の中がとても明るいのです。

スーパーへ来る買い物客が輝いて見える。

走り回る子供たちが輝いて見える。

犬が、垂れはじめた稲穂が、雑草が、電信柱が、輝いて見えるのです。

アパートへ戻って見た妻もまた、手をあわせたいほど尊く見えました。」

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

「郷里に戻ると父が、毎朝近くの神社へ私のために、参拝してくれていることを知りました。

友人の一人は、山深いところにある泉の水を汲み、長い道程を担いできてくれました。

『これは霊泉の水で、どんな病気にでも効くと言われている。俺はお前に何もしてやれなくて悲しいので、お前は笑うかもしれないが、これを担いできた。』

彼はそう言って、一斗(18リットル)以上もありそうな量の水を置いてゆきました。

また、私が咳きこみ、苦しそうにしていると、何も分らぬ娘までが、私の背中をさすりに来てくれるのです。

みんなが私の荷物を担ぎあげてくれる。

ありがたいことだと、感謝せずにはいられません。皆さん、どうもありがとう。

這ってでももう一度戻って、残してきた仕事をしたいという気持ちは強いのですが、咳きこむたびに咽喉をふるわせて出てくる血液を見ていると、もはやこれまでかとの心境になります。どうも、ありがとう。」

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

日一日と悪化する病気に、もう猶予はない。ここまでくれば、いつ机に向かう事が出来なくなるかもしれない。

とにかく『あとがき』を書くことにした。

 

「頼みがあります。もし私が死にましたら、残るふたりの子供たちを、どうかよろしくお願いします。私が命の限界を知ったとき、私にはまだひとりしか子供はありませんでした。そのとき、私はなんとしても、もうひとり子供が欲しいと思ったのです。それは希望というよりは、むしろ祈りのようなものでした。(中略)祈りは通じ、ふたりめの子供が妻の胎内に宿ったのです。妻はこれはあなたの執念の子ね、と言って笑いましたが、私は妻と子を、母ひとり子ひとりにしたくなかったのです。

3人が力を合わせれば、たとえ私がいなくても生き抜いていける。妻が艱難に出逢うことがあっても、子供たちふたりが心を合わせれば、細い体の妻をきっと助けてくれる。そう信じています。」

そして彼の死後、「誰よりも悲しむであろう、父母を慰めてやって下さい。」と頼み、

「ありがとう、みなさん、世の中で死ぬ前にこれだけ言いたいことを言い、それを聞いてもらえる人は滅多にいません。その点私は幸せです。ありがとう、みなさん。人の心はいいものですね。思いやりと思いやり。それらが重なりあう波間に、私は幸福に漂い、眠りにつこうとしています。幸せです。ありがとう、みなさん、ほんとに、ありがとう。」

彼は最後の最後まで『ありがとう』をいい続けた。

 

 

私の仲間が心を動かされてシェアした記事。

それで自分も心が震わせられた。

もしも同じ境遇になったとして、ここまで考えられないだろう。

なんとなく明日はあると思って生きるのと、

明日はこないかもしれないと生きるのとでは、時間の深度が完全にちがう。

 

この記事は最後にこのように締められていた、、、

 

「生きるということは、一度しかない。

リハーサルなんか、ありはしない。

たった一度だけである。

どうか『生きること』を大事にしてほしい。

 

 

立春の日に。

 

 

写真は先日の、スーパーブルーブラットムーン