今出来ること

【今出来ること】

台風24号が昨夜、猛威を振るい通過していきました。

一夜明けて、パン屋の仕事で5時6分の千葉行き始発に乗るため、

地元の駅に行ってみると、

電車は台風による倒木の影響で、動かず。

いろいろ運転再開の連絡がアナウンスされるが、待てど暮らせど来ず、

ようやく来たのが、3時間後の8時。

これで一安心と思いきや、途中の駅で、再びストップ。

1時間以上車内で、待ちぼうけ。

こんな時、どうするか。

今日は、10月1日。

今年も残すところ3カ月(92日)。

無駄な時間は極力過ごしたくない。

今出来ることをやる!

パン教室と、食のお話を行います

 

こんにちは、一つ前のブログでやると決意した、パン教室が開催の運びとなりました。

これも、日頃から気にかけてくださる、みなさんのおかげです。

 

なんとか期待に添えるよに準備して参ります。

詳細は下記の通りです。

 

「手作りパンと食品のワンポイント講座」

 

父の日に、お父さんへの感謝の気持ちを伝えてみませんか?

ビールのおつまみに良く合うベーコンパンや、

人気の本格メロンパン、

千葉県産米粉を使った食パンを作ります。

また食に関する、ワンポイントアドバイスもお話します。

 

日時: 6月17日  10:30~14:00

場所: 茂原ショッピングプラザ アスモ、ハヤシレジ脇 元ベーカリーコーナー

受講料: 1,500円 (材料代込み)

当日払い  お釣りの無いようご用意ください

定員:  8名    親子歓迎    親同伴の中学生以下1人まで無料

持ち物:  エプロン、筆記用具、水やお茶などお飲み物、パンをお持ち帰りできますので大きめの手提げ袋。

お申込み先: 昆(こん)まで

お問い合わせ先:同上

Eメール : bakerykon1457@gmail.com

 

以上になります。

親子での参加もお待ちしてます。

昆光一郎

 

なぜ、迷いが生じ動けないのか?

【なぜ、迷いが生じ動けないのか?】                2018/6/8

 

2018年、自己改革元年にしようと動いてきた。

原田メソッド認定パートナーコーチを取得。

安部司加工食品診断士を取得。

隆心塾プレゼン実行。

 

でも、迷いがあって動けない。

でも、不安がある。

 

原因は、なんだろう?

現状のままでも、不自由はない。不満もそんなにない。

 

でも、心から楽しい、充実しているとは、思えない。

毎日、お店(パン屋)の往復、帰ったら夕食を食べて寝てしまい、

朝ぶろに浸かって、お店に出勤。

そんなくりかえし。それを、20年以上続けてきた。

 

やっぱり、どこか心が満たされない。

 

ちゃんと仕事をすれば、毎月、給料日にお金が入る。

これは、すごいこと。

でも、物足りない。

自分で、もっと稼ぎたい。

自分のパンを作りたい。

そのパンを食べてくれた人が幸せになってくれたら、

なお嬉しい。

 

なぜ、迷いが生じ動けないか?

自分に正直になっていないから。

 

理想の人生。いま、そこにチャレンジしようとしている。

やらなきゃ、理想のまま。

指をくわえて見ているのがよいのか、実際に飛び込むのか、大違い。

 

 

 

「自分が何かを得られるかは、

自分が何をあたえることができたか。」

福島正伸 夢しか実現しないカードNo.27

 

これまでの人生、貰うばっかりで、与えてこなかった。

ギブギブギブといいながら、テイクが当然だった。

そして、感謝の気持ちが足らなかった。

 

ギブギブギブにシフトするためにも、

ここで、チェンジする、絶好のタイミング。

 

パン教室と食品添加物のお話セミナーに、チャレンジする!

 

これまでに、自分を育ててくれた人への感謝をこめて。

 

ここは、自分の転換点。

デビューイベント。

 

チャンスは、自らつくれる。

本氣で挑む。

なりたい自分の姿をイメージする。

覚悟を決める。

決めたら、計画を立てて動く。

 

そしてやり切る!

 

最後まで、あきらめない。

 

あきらめない限り、成功か、成長しかない。

 

夢しか実現しない。

 

でも、歩き続けよう。

 

〜でも、歩き続けよう。〜

 

あの日、夜空を見上げながら、

満天の星空と、神々しく光る月を、

車の屋根から見た。

あれから7年の歳月が過ぎ、記憶もしだいに薄くなっている。

東日本大震災の地震と津波、伴う福島の原発事故、経験のない未曾有の災害で、尊い命が奪われた。

そして今、被災地の景色は一変し、安心安全な街に変わりつつある。

一方で悲しみと向き合えず、胸のうちを隠さざる負えなく過ごしてきて、心を病んでしまう方がいらっしゃる。

震災からの復興のはずが、心を置き去りに急スピードで進んでいく。

日本人、3.11の頃だけ、思い出し、すぐに忘れてしまう。

あの時、絆とか、つながりとか、盛んに使われたことば。

時の経過と共に、少なくなっていく。

 

 

もう、振り返ってばかりいられない、
未来に向かって前に進まなきゃいけない。。。

 

 

でも本当はそのあたり、みんな想っている。

単純に前に進め、進め、で動けたらどんなに楽か。

だが、人の心はそんなに単純ではなく…

新聞や、報道を見て思った。

 

まだまだ、前に進めずに苦しんでいる方がたくさんいる。

 

前に進めだけでは、進めなくなる。

振り返って、心の洗濯も時に必要。

でも、ちょとだけ勇気がいる。

実は人と話すことが何よりも嬉しいし、癒される。

 

人は、人でしか、癒せないのだ。

 

寄り添って共にある、ということを感じてもらって、

歩きはじめることができるのだろう。

 

 

*写真は、昨年夏、ようやく仮設住宅から前進し、高台に復興住宅を再建出来た親類の住む、新たな街並み。

 

人生にリハーサルなんてない

【人生にリハーサルなんてない】

フェイスブックで仲間がシェアしていた記事からの言葉です。

末期がんが見つかり、余命いくばくもない医師の残した言葉から。

多くの患者の命を救ってきた医師が、逆の立場になって、命の尊さと儚さを知る。

医師はまだ31歳だった。結婚をして子供が一人。奥さんのお腹に2番目の子が宿る。

残された家族のことを思うと気がおかしくなってしまう。それでも覚悟を決め、出来うる限りのことをする。彼には明日は残されていなかった。

こんな遺書を残していた、、、

『ありがとう、みなさん』

彼の2人の子供に、

「心の優しい、思いやりのある子に育ってほしい」と書き、

「私は今、熱がある。咳きこんで苦しい。私はあと、いくらもお前たちのそばにいてあげることができない。だから、お前たちが倒れても手を貸してあげることができない。お前たちは、倒れても、倒れても、自分の力で立ち上がるんだ。お前たちが、いつまでも、いつまでも、幸せでありますように。雪の降る夜に父より」

そしてまた彼は、こんな遺書も残していた。

「ようやくパパと言えるようになった娘と、まだお腹にいるふたりめの子供を思うとき、胸が砕けそうになります。這ってでももう一度と思うのです。しかし、私の力では、どうすることもできない。肺への転移を知った時に覚悟はしていたものの、私の背中は一瞬凍りつきました。その転移巣はひとつやふたつだけではないのです。

レントゲン室を出る時、私は決心していました。

 

歩けるところまで歩いていこう。

 

その日の夕暮れ、アパートの駐車場に車を置きながら、私は不思議な光景を見ていました。

世の中がとても明るいのです。

スーパーへ来る買い物客が輝いて見える。

走り回る子供たちが輝いて見える。

犬が、垂れはじめた稲穂が、雑草が、電信柱が、輝いて見えるのです。

アパートへ戻って見た妻もまた、手をあわせたいほど尊く見えました。」

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

「郷里に戻ると父が、毎朝近くの神社へ私のために、参拝してくれていることを知りました。

友人の一人は、山深いところにある泉の水を汲み、長い道程を担いできてくれました。

『これは霊泉の水で、どんな病気にでも効くと言われている。俺はお前に何もしてやれなくて悲しいので、お前は笑うかもしれないが、これを担いできた。』

彼はそう言って、一斗(18リットル)以上もありそうな量の水を置いてゆきました。

また、私が咳きこみ、苦しそうにしていると、何も分らぬ娘までが、私の背中をさすりに来てくれるのです。

みんなが私の荷物を担ぎあげてくれる。

ありがたいことだと、感謝せずにはいられません。皆さん、どうもありがとう。

這ってでももう一度戻って、残してきた仕事をしたいという気持ちは強いのですが、咳きこむたびに咽喉をふるわせて出てくる血液を見ていると、もはやこれまでかとの心境になります。どうも、ありがとう。」

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

日一日と悪化する病気に、もう猶予はない。ここまでくれば、いつ机に向かう事が出来なくなるかもしれない。

とにかく『あとがき』を書くことにした。

 

「頼みがあります。もし私が死にましたら、残るふたりの子供たちを、どうかよろしくお願いします。私が命の限界を知ったとき、私にはまだひとりしか子供はありませんでした。そのとき、私はなんとしても、もうひとり子供が欲しいと思ったのです。それは希望というよりは、むしろ祈りのようなものでした。(中略)祈りは通じ、ふたりめの子供が妻の胎内に宿ったのです。妻はこれはあなたの執念の子ね、と言って笑いましたが、私は妻と子を、母ひとり子ひとりにしたくなかったのです。

3人が力を合わせれば、たとえ私がいなくても生き抜いていける。妻が艱難に出逢うことがあっても、子供たちふたりが心を合わせれば、細い体の妻をきっと助けてくれる。そう信じています。」

そして彼の死後、「誰よりも悲しむであろう、父母を慰めてやって下さい。」と頼み、

「ありがとう、みなさん、世の中で死ぬ前にこれだけ言いたいことを言い、それを聞いてもらえる人は滅多にいません。その点私は幸せです。ありがとう、みなさん。人の心はいいものですね。思いやりと思いやり。それらが重なりあう波間に、私は幸福に漂い、眠りにつこうとしています。幸せです。ありがとう、みなさん、ほんとに、ありがとう。」

彼は最後の最後まで『ありがとう』をいい続けた。

 

 

私の仲間が心を動かされてシェアした記事。

それで自分も心が震わせられた。

もしも同じ境遇になったとして、ここまで考えられないだろう。

なんとなく明日はあると思って生きるのと、

明日はこないかもしれないと生きるのとでは、時間の深度が完全にちがう。

 

この記事は最後にこのように締められていた、、、

 

「生きるということは、一度しかない。

リハーサルなんか、ありはしない。

たった一度だけである。

どうか『生きること』を大事にしてほしい。

 

 

立春の日に。

 

 

写真は先日の、スーパーブルーブラットムーン

 

迷ったときには、前に出ろ!

【迷ったときは、前に出ろ!】

唐突ですが、生きるって選択の連続ですよね、、、

申し遅れました、今回は2018年の一発目、
今年もよろしくお願いします。

さて、新たに新年がスタートしました。
みなさんはどのような年にしたいですか?
私は、今年こそ〇〇という、いろいろ達成したいことが見えてきました。
そんな中、昨日悲しいニュースが飛び込んできました。

プロ野球、楽天の副会長であり、元監督、セパ両リーグで優勝4回、日本一1回、
闘将、男星野、と言われた
星野仙一さんが4日に70歳でお亡くなりになられたと…
突然過ぎて、耳を疑いました。

昨年末には、プロ野球殿堂入りをされ、元気なお姿を拝見していただけに、残念です。
まだ、プロ野球発展の為、やり残したことがあったはず。

2013年の楽天での、巨人を倒しての日本一は、自分の中でも感動の涙でした。どれだけ東日本大震災の被災者を勇気づけたことか。

そして、自分の中で特に印象に残っているのは、
2003年の阪神でのリーグ優勝。
前年に、4年連続最下位で、定位置になってしまった阪神を再建するために、当時、中日の監督だった星野さんが、就任。中日で2度のリーグ優勝を果たしているので、実績は申し分ないが、中日ファンからしたら、裏切られたと思うでしょう。なぜ、星野が阪神のために行くんだ?おかしいだろ!
でも、星野さんは、チーム単体を見ていたのではなく、日本プロ野球界全体のことを考えていた。
2002年と言えば、サッカーワールドカップ日韓共同開催。中田英寿さんなんかが活躍してましたね。ベッカムや、ロナウドも凄かった。
完全にプロ野球はサッカー人気に押されっぱなし。子どもたちの夢も、サッカー選手になりたい子が増えていきました。

これに危機感を抱いていたのが星野さんたちで、そんな経緯もあり、ライバルチーム、でも万年最下位の阪神へ。星野さんだったから、上手くハマったのかも。阪神前任の野村克也さんが、下地を作ってくれていたものの、およそ、闘う集団とは程遠い状態。例えば、試合中ミスをしても、ドンマイと言ってミスをかばう。この行為は一見するとチームワークがいいように写るが、星野監督からすれば、とんでもない。これは、もし自分が失敗するという逆の立場になっても慰めてもらおうという”保険”をかけているのと同じ。傷の舐め合いの負け犬チーム。
積極的なプレーをしてミスをしたなら、ドンマイでもいいが、怠慢プレーにドンマイはただの仲良しグループ。そこに、メスを入れたのが星野監督だった。
喜怒哀楽がはっきりとしていて、応援していても、しがいがあった。

自分の好きな星野監督の言葉が、

「迷ったときには、前に出ろ!」

数ある名言の中でも特に好き。

タイガースファンは熱いので、若手選手と言えども試合中にミスは許さない。ミスをしようものなら罵声が飛んでくる。それが選手を萎縮させて、余計にプレーが消極的になり、さらに悪循環を呼ぶ。
そこで、監督は「迷ったときは、前に出ろ」と耳にタコが出来るほど言い続ける、
「前に出て失敗したら、後悔せん。下がって失敗すれば、後悔するやろ!」
こう言ってやることで、選手たち、特に若手は伸び伸びとプレーに集中していける。
後日談として、「迷ったときは、前に出ろ」には、「とにかく、やってみろ」という意味も込めていると語った。
こうもおっしゃっている。
あなたの人生において、
やって後悔したことと、やらずに後悔したことの数を比較してみていただきたい。
誰もが”やらずに後悔したこと”のほうが圧倒的に多いものだ。
それなのに、なぜやらないのか。
恥ずかしいとか、常識的でないという理由だろうが、後悔する責任を取るのは自分だ。

少々、本から抜き書きさせていただきました。
30代の頃の自分が、いつも指針とさせていただいた言葉です。

偉大な方を亡くしたショックはありますが、言葉は死にません。
私たちの中で生きています。

ご冥福をお祈りするとともに、
星野さんへの感謝と、
ご恩返しを誓います。合掌

 

 

 

いい加減そろそろ本気だせ。

【いい加減そろそろ本気だせ。】

今月で俺も47になる。
これまでいろいろ失敗もした。後悔もいっぱいした。で、結構ズタボロも経験した。
だから失うものも、守るものも、今さらたいして無い。

にもかかわらず、変なプライドが邪魔して、まわりからどう思われるかとか、親が言うからとか、くだらない理由で、自分をがんじがらめにして、身動き取れなくしてしまう。

仮にやりたいことがあったとして、でも時間がないから、お金がないから、前例がないから、協力してくれる人がいないから、どうせ無理だから、とか正論ならべ、やらない自分を正当化する。

一体どうしたいんだよね。
本当は、本気で取り組んで結果を得たかったのではないか。いつも、やるやると言いながら、中途半端で終わってしまう自分から、抜け出したかったのではないか。

いつも、自分と向き合うことを逃げている。
逃げても、何も解決しない。
後悔の繰り返し。
自分から逃げてみても、逃げるは勝ち、ということはない。

出来ない言い訳、やらない理由探しをいい加減もうやめよう。

それよりも、どうしたら出来るかだけを考えていこう。

しがらみだらけの現実から、挑戦しまくる未来の自分にシフトチェンジ。